備忘録
MEMORANDUM4(2021/2月〜2021/5月)

  日々の瞑想や霊的なことなどを綴っていきたいと思っています
私はクラッシック音楽がとても好きなので、クラッシック音楽を取り入れた形の自由な瞑想をしております。
(マーラー作曲:交響曲9番の4楽章を2回聴く)
写真と内容は関係あるものとそうでないもがあります。(写真は主に私が撮ったものを載せてます)
私自身の記録用なので、参考程度に読んで頂けたらと思います。
下記の(アコーディオン形式)日付をクリックしてください。


 
過去の瞑想(2020/10月〜2021/1月)

371回目の瞑想

柔らかい光
 
「人のカルマは神性の力をもってすれば、解消できるものです。私共はよく次のような言葉を耳にはさみます。『あーあ。これは私のカルマだ、身に背負わねばなるまい』と。神法を誰しも避けて通ることはできません。しかし神法とは愛です。ですから、人の心の中に神性である愛が成長していけば、その人の魂からカルマの足かせが解けていきます。」
 
今日の「神の慈悲」と題された内容は、私達人間にとって、希望である。カルマは内容にもあるように一生背負って行かなければいけないと思っている。けれど、神性である愛が成長していけば、カルマは解けて行くことができるのだと言われる。但し、神性である愛とは、他人に対する奉仕でもある。またどんな困難が降りかかろうと神様を信じて前向きに明るく乗り越えて行く心にもあると思う。それは決して楽ではないし、大変なことではあると思うが、一生カルマに苦しめられるとしたら、こんなに有難いことはないのではないかと思う。
 
今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも、ほとんど意識はなかった。音楽がかすかに聴こえていたようにも思う。だが、ヒーリングのお祈りの時には意識が戻り、祈りの言葉を唱えることができた。これはいつものことだ。通しで意識がないということはない。今回も両手の痺れ感が強かった。また身体のバイブレーションも何度か感じた。

372回目の瞑想

飛行機
 
「不調和な状況に接して、心が騒いだり、感情が動転したりするのは易しいことです。しかし、内在の神性が成長してきますと、その神性が感情を統御して静止させ、正しく働くように教えてくれます。こうして、感情は霊的奉仕のために働くようになり、動転して魂に嵐を起こさせるようなことはなくなります。」
 
今日の「嵐を静めること」と題された内容は、人間がこの世の感情に振り回されていることを案じておられるのだと思う。もちろん、困難な状況になれば誰しも心が騒ぐし、感情の起伏も激しくなる。それが人間だと思っている。けれど、内在の魂が目覚めることで、その感情でさえ、統御下におけるということを教えて下さっている。それは瞑想でも、とても大事なことで、今回のミディアムシップでも教えて頂けた。また今朝の瞑想でもリアルにその事を感じたのだ。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、意識はほとんどあった。お祈りをして「私は神様の分身です」という言葉をゆっくりと唱えた。しばらくすると、宙に浮くような感覚になる。そして身体の細胞が統御下にあると言うことが、瞬間わかったように思った。ヒーリングもゆっくりと一通り終えると、両手が肩の辺りまで上にあがり、左右に開く。しばらくして、元の位置に戻る途中で、その両手が急にものすごく重くなった。余りにも重くて、その重さ故に自然と下に置かれる形になった。その時に、その重さとは人のこの世の感情だということがわかったのだ。リアルに重さを感じたので、人の感情とはこれだけ自分自身に負荷がかかるものなのだと実感した。だからこそ、今回のお題のように内在する神性で感情を統御できれば、それが負からプラスに転換でき、人のための奉仕ができるのだと、心から感じる事ができた。多分、魂で感じられたのだと思う。
 
また、今朝は夢を二つ、はっきりと見た。それは雪が降って積もるシーンを見ていた夢と、他人の大便を見る夢だった。雪が積もる夢占いは、物事が上手く運び、何もかも順調に進み願いが適うことを暗示しているとのこと。更に他人の大便を見る夢占いは、夢における他人は自分自身ということで、自分の中にあった悪いもの、古いものが出てしまい、新たな始まりを迎える事を表しているとのことだった。どちらもとても良い夢だったようだ。夢占いのようになるためにも、更に精進して行こうと思う。

373回目の瞑想

飛行機
 
「皆さん、人を許すということは難しいことです。しかし、人を許せば自分の霊は解放されます。それはちょうど、鎖につながれていた魂が解放されるようにです。恐らく十字架にかけられた魂は二度とはかけられませんが、そのようにです。人が愛や美しいものに反応しますと、その程度に応じて、地上の美を増加させます。ちょうど同じことですが、この人は秤の反対のものーーー暗闇、無知、残忍、利己主義を減らしていく働きをしているのです。」
 
今日の「人を許せば鎖が解ける」と題された内容は、私達人間にとって、最も難しい課題なのではないだろうか。人を許せば自分の霊を解放できると言われる。それだけに難題なのだと思う。自分にされた屈辱的な想いを、相手にも味あわせたいと思ってしまうのが常である。復讐の気持ちは必ず持つ。特に大切な人が殺されたような場合は、その相手を許すことなど到底できない。けれど、この場合も因果律の働きによるものなのである。偶然ではなく、必然なのである。人を許すという行為ができるようになるためには霊的真理を理解すること以外にないと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、またもや意識はほとんど遠のいていた。覚えているのは、最初のお祈りとヒーリング時のお祈りだけだった。音楽もほとんど聴こえていなかった。
ところで、先日お話したミディアムシップの内容を「亡き息子との交信記録」に記載したので、ご興味のある方はぜひご覧頂ければと思う。またアセスメントという、ガイドスピリットからのメッセージを次回受ける予定なので、その内容も後日記載しようと思っている。

374回目の瞑想 

飛行機
 
「私共は人類のすべての問題のなり行きを、確信をもって語ることが出来ます。それは我々が、人類の全生活が、その働き完全な神法により支配されていることを、承知しているからです。この神法の目的は、男も女もすなわち全人類家族を導いて、神の自覚にまで至らしめることです。後ろを見なさるな。後ろを見るなら、「わが過ぎ来し道の何たる美しさよ」と、こうお言いなさい。過ぎたことを悔やみなさるな。皆さんは前進を続けているのです。もう一度幸福を見出すために、生命の道を旅し続けながら。このたび発見する幸福は、倍加し高まった途方もない幸福です。」
 
今日の「先行き」と題された内容は、やはりすべて悟っているからこそ、言えるものだと思う。ここまでの事を思えるなら、本当に人生は明るいし、道は開かれる。だが、これは実現できるからこそ、教えて下さっているのだと思う。霊的真理を理解するためにも、シルバー・バーチ霊の霊言集やホワイト・イーグル霊の訓えなどの本を読むことが一番である。そしてできれば瞑想と併用されれば、自分の内なる魂に響いてくるはずなのだ。いつか自分達のいた住処に帰った時に少しでも成長していたいと切に願う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想やヒーリングでは、ミディアムの方に教えて頂いた、自分の感情は極力脇に置いて、できるだけ崇高な心でやってみた。意識はしっかりとしていたが、エネルギーが充満するかのように、胸の辺りからどんどんと膨らむ感覚になり、身体の細胞が活気づいているように感じた。そしてヒーリング時では、一通り終えると、「この神様の愛のお光りが、必要な人へ流れるようにお導きください」と唱えていた。
昨日はまたとても有難い事があった。
ミディアムシップを紹介して下さったT様はミディアムの道を進んでおられる。この度、息子のメッセージを教えて頂いた。思い当たることばかりで、息子の言葉だと確信できた。更に私に対しての「これからまだまだ沢山の人の役に立てる機会があるから、楽しみにしている。でも根を詰めないで。」との言葉に有難い思いで一杯になった。そして今朝の瞑想で、私にも息子からのメッセージが・・・「心が純粋で、とても綺麗な魂なので近づきやすかった。霊と繋がりやすいので協力を惜しまない霊達が力になると思う」との言葉が自然と浮かんだのだ。これは紛れもなくT様のことだと直観した。突然のことで驚いたが、有難い想いに涙がこぼれた。神様に感謝の気持ちで溢れていた。

375回目の瞑想

飛行機
 
「表面だけを見て物事を判断してはいけません。霊的な因果を見抜く内的視力を開発しなさい。そうなれば、人を裁くことができないことが分かりましょう。」
 
今日の「上っ面の下を見なさい」と題された内容は、とかく人を見るときには表面で判断してしまうことが多い。そして批判する。けれど霊的に見ることによって、表面ではない内面がわかると、批判することができなくなるということは、霊的に見ることができなくても、他人を批判したり裁いたりはしてはいけないということになる。なかなか難しい課題だが、できる限りに試みようと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、意識が遠のく中で、音楽のバイブレーションに感応していた。何度も音楽に合わせて身体の中からの振動を感じていたのだ。
そして今回の映像はなぜ出て来たのかわからないが、瞑想からヒーリングへと移行する直前に黒い雨が降って来る映像が出現した。すると、すぐに原爆が落ちた瞬間の黒い噴煙がモクモクと上がる映像が続けて出現したのだ。その時にすぐに「長崎」という言葉が浮かんだ。だがこの黒い噴煙という映像が、私が知っている原爆のキノコ雲はテレビで見ていた灰色っぽいものだったので、ネットで調べてみた。するとなぜか長崎で原爆を体験した人の投稿が目に付き、読んで見るとこんなことが書いてあったのだ。
「ピカッと光ってドンと衝撃音の後、一瞬静寂に包まれた。おそるおそる顔をを上げてみると、どす黒い噴煙がとぐろを巻くように猛烈な勢いで上昇して行くのが見えた。後にそれがキノコ雲の茎の部分だったとわかった。」とあった。まさしく私の見た映像はその状態だったのだ。本当にびっくりしてしまった。今見た映像があの75年も前の原爆だったことに。。けれどなぜこの映像が出現したのかはわからない。

376回目の瞑想

飛行機
 
「真実でありなさい。真実であることは霊的生活の本質です。霊の調べは天界高く響くものです。貴方が日常生活でたてる音は、貴方が真実の音を鳴らせるかどうかを試すテストです。真実の音を鳴らすために、貴方に内在している神の調べを、善の音を、いつも響かさねばなりません。」
 
今日の「真実の音を鳴らせ」と題された内容を初めて読んで、感動を覚えた。音楽が大好きな私にとって、日常生活で真実の音を鳴らせるかどうかという例えは心にストーンと入ってきた。こうあらねばならないと言う強い思いにもなった。神様の調べを鳴らせるように頑張る以外に道はない。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、完全に意識が遠のいていた。かろうじて、最初の祈りとヒーリングのお相手のことを祈ることができたくらいだった。けれど、不思議と音楽が終わる頃には意識が戻った。充実感が半端なかった。そして今回開いたお題に更に高揚感を上乗せさせてもらえたようで幸せな気持ちで終えることができた。

377回目の瞑想 

飛行機
 
「貴方の心を尽くし生命を尽くして、神の生命と神の栄光を思いなさい。そうすれば、もうどんな恐怖もありません。感謝しなさい。感謝をすれば、それがまた恐怖を追い出すことにもなりますから。感謝しなさい。そうして、天なる父が貴方の必要をご存知であることを思い浮かべなさい。そうすれば、貴方の必要とする一切が与えられましょう。」
 
今日の「感謝しなさい」と題された内容は、当たり前のことを言われているのだが、それが難しい。もちろん、自分がすべて上手く行っている時や、幸福感で満たされている時の感謝は、至って簡単である。だが、不幸や悲しみ、苦しみなどの苦難の最中に感謝できるかと言ったら、それはかなり難しい。けれど、その時にこそ、神様に感謝することが肝要なのである。それができるようになれば、それこそ、自分の必要とする一切が与えられるのだと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも意識がほとんど遠のいていた。その合間合間に意識が戻ると、目の前がパ〜っと明るくなり、金色の光が見えた。そしてまた身体の中からのバイブレーションを感じるのだ。言葉では表現できない振動の体感に細胞がみなぎってくる感覚がある。そして終えた後は充実感で一杯になる。それこそ自然と感謝の想いが募ってしまうのだ。

378回目の瞑想

飛行機
 
「いつも光と共に働きなさい。こうして、人が光を外に発揮している時には、すべての他者の中にある光を、かきたて目覚めさせつつあるのだということを知りなさい。うつむいたり、後ろを向いたりしないことです。貴方の精神を乱し悩ませる、細々したくだらぬ事で、たじろがぬことです。光の方を真っ直ぐに見ていなさい。そうして次のことを知りなさい。神はご自身の目的に向かって着々と進んでおいでになる。万事は神を愛する者達のために、狂いなく良い具合に進行しつつある、このことです。」
 
今日の「たじろがぬこと」と題された内容は、神と共に生きなければいけないということを教えて下さっている。神と共に生きるということは、どんな辛い事、苦しい事、悲しい事があろうとも、いつも真っ直ぐに神の光を見ていかなければいけないということだ。そういう姿を見ている周りの人達にも影響して行くということなのだと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも、ほとんど意識は遠のいていた。時折意識が戻ったが、その時に光の輪が私を包んでくれているように感じた。温かく心地よかった。また強いバイブレーションも感じていた。画像のような映像も出現した。

379回目の瞑想

飛行機
 
「苦痛や損害を受けて、プリプリ怒るのは小我の常です。だが、神の計らいの英知を信じて、満腔の愛をもって神に身を委ねる者は偉大な進歩を遂げます。現世のものなど及びも付かぬ深甚の平和で彼は満たされます。」
 
今日の「受容」と題された内容は、私達人間には耳が痛い。まだまだ人間的な小我はあって、瞑想の時のような穏やかな気持ちのまま過ごす事がままならない。日常生活のいろいろな場面で、やはり小我は現れる。情けない話であるが、少しずつでも、小我が現れないように精進して行くほかない。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも、意識が遠のいていた。時々、映像のようなものが出ていたような気もするが、はっきりと認識できるようなものではなかった。

380回目の瞑想

飛行機
 
「神の上に重荷を置きなさい。言葉をかえれば、貴方の問題から手を放し、お任せして、それを下に置きなさい。結び目をほどこうとしてはいけません。引けばひくほど固く締まります。下に置きなさい。想いのすべてを込めて、やさしく愛である方、神に心を集中しなさい。そうすれば、結び目はすべてほどけて、問題は残らず解決します。」
 
今日の「重荷をおろしなさい」と題された内容は、やはり私達人間にとって、難しい内容だと思う。難題を抱えた時に、問題を自分の手から放して、神様に心を集中させたところで、難題が解決するわけがないと思っているからだ。これは一度体験してみないと、言葉だけでは伝わらないと思う。ダメ元で一度試みてはどうかと思う。もしそれで今回の内容のような事が実際に起きれば、得心出来るはずだからだ。けれど、これにはかなりの神様に対する信心がないと難しいのではないかと思う。そのためにも霊的真理の理解が必須となってくる。難題を抱えた時こそ、霊的真理が網羅されているシルバー・バーチ霊言集をぜひ読んでもらいたい。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、ほとんど意識はあったように感じている。実は昨日、ある方の紹介でミディアムシップを受けたのだ。詳細は後日記そうと思っているが、息子のミディアムシップだったのだが、私自身のこともかなり要めの部分を教えて頂けた。もちろん、息子のメッセージも教えて頂いた。
そこで、今朝の瞑想、ヒーリングでもそのことを肝にやってみたのだ。するとやはり素晴らしい感覚を覚えた。これは今までの自分の感覚との違いなので、言葉で表現しても伝わらないと思う。有難い思いで一杯だった。

381回目の瞑想

飛行機
 
「肉体を身に着けて生きておいでのこの人生では、貴方の職業が何であろうと、それは奉仕のあり方なのです。それが賤(いや)しくて自分にはどんなにつまらないものにそれが見えても、貴方の使命です。人は地上での自分の仕事を通じて、すべての人の幸福に貢献できるものです。神と手をたずさえて一心に働きなさい。貴方の前に置かれている、奉仕の一つ一つの機会に感謝しなさい。」
 
今日の「神と手をたずさえて」と題された内容は、自分のおかれている立場を一心に生きろと言われている。それが奉仕であり、使命だと。けれど、自分のおかれた環境に不平不満を持つ人は多い。そしてもっと高みでの仕事がないかと模索する。けれど、今できることを必死に努力し、感謝して生きることが肝心なのだと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想では、目を閉じると岩のようゴツゴツとした岩肌とでもいうものが両脇に続いており、その先には丸い(少しいびつだったが)ポッカリと空いた穴のようになっていた。その穴の景色は明け方のようだったり、朝焼けのようだったりと変わる。だがかなり長い間その映像に(と言っても今までの映像とは違って映像という認識ではなかった)見入ってしまっていた。

360回目の瞑想

柔らかい光
 
「皆さんの前には、どなたにも素晴らしい未来があります。日常生活のささいな出来事、失望したとか、ちょっとした悩みだとか、痛手を受けたとか、それはすべて小さな小さな事です。それは自分で大変な事と思い込んでいるだけです。みんな捨てなさい。貴方の全存在を神の愛に集中しなさい。神の子でありなさい。我意をしずめ神意に身を従わせなさい。」
 
今日の「広い視野」と題された内容は、私達人間にとって、頭を悩ませていることはこんな簡単なことではないと思い込んでいる。それで自殺してしまう人もいる。けれど、高級霊の方々から霊の目でご覧になれば、書いてある通りのことなのだろう。やはり神様を信じ、霊的真理を理解することで、私達の悩みは解決してしまうのだと思う。まずは自分本意の考え方を改めるところから始めなければいけないのだと思う。
 
今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、やはり徐々に意識が遠くなる。けれど、部屋が薄暗くしているにも拘わらず、目の前が急に明るくなる。黄金色に光り輝いていたのだ。そのお光りを浴びるような感覚になり、心身共に洗われるようであった。そして、そのお光りがヒーリングのお相手に流れて行きますようにと心から願った。本当に素晴らしいお光りであった。自然と顔がほころび、心も柔軟になっているように感じた。感謝の気持ちで一杯であった。

361回目の瞑想

飛行機
 
「すべての治療の基本と申しますのは、永遠の太陽である光を身体に摂取することにあります。もし、貴方がこの光を呼び起こして吸入し、意識的にこの光の中で生きることが出来れば、肉体細胞を実際にうまく統御することになります。肉体は鈍重で、物質の力は頑固、だから人は神の力を忘れてしまいます。しかし本当に組織をよみがえらせ、新しく身体細胞を創り出す力は神の力なのです。」
 
今日の「太陽による病気治療」と題された内容は、神の光による病気治療と言うことだと思う。これはヒーリングに通じることだ。神の光がヒーラーを通路として、ヒーリングを受ける方に流れて行く。その神の光の量や質は通路であるヒーラーの霊格、また受ける方の霊格にも左右される。その結果、病気が治る人、治らない人、また何らかの効果の出る人、また何も効果が出ない人とに別れる。また大事なことだが、受ける方のカルマの問題もある。病気を通して魂の成長が為される場合は、どんなヒーラーでも治せない。ここに神様の摂理が厳然として存在する。ただホワイト・イーグル霊によると、カルマは神の愛の手に委ねれば軽くなると言われている。このことを皆さんに保証できるとまで言われているのだ。ということは神様を信じて、すべてをお任せする境地になることが肝要だということだ。一人でも多くの方にこの事実を知ってもらいたいと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想もヒーリングでも、意識はほとんどなかった。ただ、またバイブレーションだけは身体に感じていた。それ以外特に記述することはなかった。

362回目の瞑想

飛行機
 
「強くなっていく魂は、つまり内部で炎が明々と燃え上がっている魂は、平然としてすべてを投げうって顧みません、哲人のように喜びに満ちて、このような賢明な魂は分かっているのです。失われるものはもう目的を果たしたということ、この先にもっと良いものが待ち受けているのだと。その善い事とは、霊的な事だか物質的な物だか分かりませんが、平静心をもって、この十字架に直面するようにしなさい。過去の灰の中から、新しい生命は生まれるのものです。」
 
今日の「放棄」と題された内容は、過去に囚われるなと言うことなんだと思う。失われたものに固執するのではなく、目的を果たしたからこそ失うことになったという解釈だ。とても前向きな発想だと思う。そう考えることで、この先にはどんな形であろうとも、自分にとって善い事が現れるということだ。暗闇の先には光があるように、苦難を乗り越えた先には善い事が待っているということなのだと思う。すべては何事も神様を信じてお任せすれば乗り越えて行けるということに尽きるということなのだ。実際に体験したので納得である。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想では、意識がはっきりしている中で、ただただひたすらに「私は神様の分身です。」と唱える。しばらくすると温かいオーラに包まれたような感覚になり、涙が自然と流れて来た。そして「神様のお役に立てるよう、私を存分にお使い下さい」という想いが、内から湧き出て来るようだった。更にそのためにこの世に生まれて来たということを感じたのだ。
ヒーリングでは、一通り終えると、言葉で表現するのがかなり難しいが、精妙な薄青色(と言っても何色にも重なっているが、全体が青色に感じた)の映像が最初は斜め前方に出現した。徐々にゆっくりと動いて正面に画面一杯になると、どんどんと引き込まれるような感覚になる。すると別空間に移動したようにも感じて、一瞬どこにいるのかわからなくなった。不思議な体験であった。
昨夜の地震はかなり揺れた。その時間ヒーリングをさせてもらっていたのだが、少しびっくりしたが、そのままヒーリングは続行した。何でも10年前の東日本大震災の余震だったということだ。これも地球進化の中の一コマなのだろう。

363回目の瞑想 

飛行機
 
「大いなる霊であられ、光明であられ、生命の根源であられる神は、貴方が向上しようとしさえすれば、必ず貴方を進歩向上させて下さいます。貴方が自分を鎖に繋ぎとめているのですよ!無明であるその鎖を投げ捨てなさい。あるがままの真実の自分に目を向けなさい。金色の光燦然たる太陽の子である自分自身を見なさい。」
 
今日の「貴方の鎖を投げ捨てなさい」と題された内容は、今回瞑想しているときに浮かんだ言葉と符合していた。自分自身に自信がないとなかなか自分を認めることができない。私もかつてそんな時があった。劣等感を持っていると自分を見下げてしまう。けれど、霊的真理を理解することによって、払拭できると思う。神様と繋がった内なる魂を一人一人秘めている。よって私達人間は神様の分身であるということは紛れもない事実なのだ。このことを信じるか信じないかでも道はわかれてしまう。自分の力ではなし得ないことも、神様ならそれがおできになる。その神様を求めることで、必ず払拭できるものと私は確信している。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想でも「私は神様の分身です」と何度も唱えていた。唱えているうちに「私は内なる魂を顕現することができます」と自然に唱えてしまっていたのだ。その間もヒーリング中も、両腕や胸辺りの痺れ感がかなり凄かった。すると「自縄自縛」という言葉が浮かぶ。これは亡くなった霊能者の母が生前良く言っていた言葉なのだ。自分の作った縄で自分を縛るということで、自分の言行などで身動きが取れなくなり、苦しむということだ。私に降りて来た霊もほとんど自分の思い込みで苦しんでいたので、私自身もそれは痛感している。この解決法はただ一つ。自分自身でその縄を解くより方法がない。今回のお題の内容にもあるように、自分を鎖に繋ぎとめているのだから、その鎖は自分で投げ捨てる以外にはないのだ。だが自分一人でと言ってもなかなか渦中にはまってしまっていると抜け出せない。だからこそ神様を信じてお任せすることで、徐々に縄も解け、鎖も投げ捨てることができるようになるのだ。
ぜひ、自分自身の縄で鎖で苦しんでいる人は実践して頂きたいと思う。
 
明け方、息子の夢を見た。とてもリアルだった。我が家で私と何やらいろいろと話し込んでいた。(内容はわからない)けれど、「やらなければいけない仕事があるから、もう行くね」という言葉だけは、はっきりと聞き取れた。身支度をしてまた霊界に戻って行ったようだった。お久しぶりに息子に会えて、起きてから、とても温かい気持ちになれた。感謝しかなかった。

364回目の瞑想

飛行機
 
「表面だけを見て物事を判断してはいけません。霊的な因果を見抜く内的視力を開発しなさい。そうなれば、人を裁くことができないことが分かりましょう。」
 
今日の「上っ面の下を見なさい」と題された内容は、とかく人を見るときには表面で判断してしまうことが多い。そして批判する。けれど霊的に見ることによって、表面ではない内面がわかると、批判することができなくなるということは、霊的に見ることができなくても、他人を批判したり裁いたりはしてはいけないということになる。なかなか難しい課題だが、できる限りに試みようと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、意識が遠のく中で、音楽のバイブレーションに感応していた。何度も音楽に合わせて身体の中からの振動を感じていたのだ。
そして今回の映像はなぜ出て来たのかわからないが、瞑想からヒーリングへと移行する直前に黒い雨が降って来る映像が出現した。すると、すぐに原爆が落ちた瞬間の黒い噴煙がモクモクと上がる映像が続けて出現したのだ。その時にすぐに「長崎」という言葉が浮かんだ。だがこの黒い噴煙という映像が、私が知っている原爆のキノコ雲はテレビで見ていた灰色っぽいものだったので、ネットで調べてみた。するとなぜか長崎で原爆を体験した人の投稿が目に付き、読んで見るとこんなことが書いてあったのだ。
「ピカッと光ってドンと衝撃音の後、一瞬静寂に包まれた。おそるおそる顔をを上げてみると、どす黒い噴煙がとぐろを巻くように猛烈な勢いで上昇して行くのが見えた。後にそれがキノコ雲の茎の部分だったとわかった。」とあった。まさしく私の見た映像はその状態だったのだ。本当にびっくりしてしまった。今見た映像があの75年も前の原爆だったことに。。けれどなぜこの映像が出現したのかはわからない。

365回目の瞑想

飛行機
 
「真実でありなさい。真実であることは霊的生活の本質です。霊の調べは天界高く響くものです。貴方が日常生活でたてる音は、貴方が真実の音を鳴らせるかどうかを試すテストです。真実の音を鳴らすために、貴方に内在している神の調べを、善の音を、いつも響かさねばなりません。」
 
今日の「真実の音を鳴らせ」と題された内容を初めて読んで、感動を覚えた。音楽が大好きな私にとって、日常生活で真実の音を鳴らせるかどうかという例えは心にストーンと入ってきた。こうあらねばならないと言う強い思いにもなった。神様の調べを鳴らせるように頑張る以外に道はない。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、完全に意識が遠のいていた。かろうじて、最初の祈りとヒーリングのお相手のことを祈ることができたくらいだった。けれど、不思議と音楽が終わる頃には意識が戻った。充実感が半端なかった。そして今回開いたお題に更に高揚感を上乗せさせてもらえたようで幸せな気持ちで終えることができた。

366回目の瞑想 

飛行機
 
「貴方の心を尽くし生命を尽くして、神の生命と神の栄光を思いなさい。そうすれば、もうどんな恐怖もありません。感謝しなさい。感謝をすれば、それがまた恐怖を追い出すことにもなりますから。感謝しなさい。そうして、天なる父が貴方の必要をご存知であることを思い浮かべなさい。そうすれば、貴方の必要とする一切が与えられましょう。」
 
今日の「感謝しなさい」と題された内容は、当たり前のことを言われているのだが、それが難しい。もちろん、自分がすべて上手く行っている時や、幸福感で満たされている時の感謝は、至って簡単である。だが、不幸や悲しみ、苦しみなどの苦難の最中に感謝できるかと言ったら、それはかなり難しい。けれど、その時にこそ、神様に感謝することが肝要なのである。それができるようになれば、それこそ、自分の必要とする一切が与えられるのだと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも意識がほとんど遠のいていた。その合間合間に意識が戻ると、目の前がパ〜っと明るくなり、金色の光が見えた。そしてまた身体の中からのバイブレーションを感じるのだ。言葉では表現できない振動の体感に細胞がみなぎってくる感覚がある。そして終えた後は充実感で一杯になる。それこそ自然と感謝の想いが募ってしまうのだ。

367回目の瞑想

飛行機
 
「いつも光と共に働きなさい。こうして、人が光を外に発揮している時には、すべての他者の中にある光を、かきたて目覚めさせつつあるのだということを知りなさい。うつむいたり、後ろを向いたりしないことです。貴方の精神を乱し悩ませる、細々したくだらぬ事で、たじろがぬことです。光の方を真っ直ぐに見ていなさい。そうして次のことを知りなさい。神はご自身の目的に向かって着々と進んでおいでになる。万事は神を愛する者達のために、狂いなく良い具合に進行しつつある、このことです。」
 
今日の「たじろがぬこと」と題された内容は、神と共に生きなければいけないということを教えて下さっている。神と共に生きるということは、どんな辛い事、苦しい事、悲しい事があろうとも、いつも真っ直ぐに神の光を見ていかなければいけないということだ。そういう姿を見ている周りの人達にも影響して行くということなのだと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも、ほとんど意識は遠のいていた。時折意識が戻ったが、その時に光の輪が私を包んでくれているように感じた。温かく心地よかった。また強いバイブレーションも感じていた。画像のような映像も出現した。

368回目の瞑想

飛行機
 
「苦痛や損害を受けて、プリプリ怒るのは小我の常です。だが、神の計らいの英知を信じて、満腔の愛をもって神に身を委ねる者は偉大な進歩を遂げます。現世のものなど及びも付かぬ深甚の平和で彼は満たされます。」
 
今日の「受容」と題された内容は、私達人間には耳が痛い。まだまだ人間的な小我はあって、瞑想の時のような穏やかな気持ちのまま過ごす事がままならない。日常生活のいろいろな場面で、やはり小我は現れる。情けない話であるが、少しずつでも、小我が現れないように精進して行くほかない。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも、意識が遠のいていた。時々、映像のようなものが出ていたような気もするが、はっきりと認識できるようなものではなかった。

369回目の瞑想

飛行機
 
「神の上に重荷を置きなさい。言葉をかえれば、貴方の問題から手を放し、お任せして、それを下に置きなさい。結び目をほどこうとしてはいけません。引けばひくほど固く締まります。下に置きなさい。想いのすべてを込めて、やさしく愛である方、神に心を集中しなさい。そうすれば、結び目はすべてほどけて、問題は残らず解決します。」
 
今日の「重荷をおろしなさい」と題された内容は、やはり私達人間にとって、難しい内容だと思う。難題を抱えた時に、問題を自分の手から放して、神様に心を集中させたところで、難題が解決するわけがないと思っているからだ。これは一度体験してみないと、言葉だけでは伝わらないと思う。ダメ元で一度試みてはどうかと思う。もしそれで今回の内容のような事が実際に起きれば、得心出来るはずだからだ。けれど、これにはかなりの神様に対する信心がないと難しいのではないかと思う。そのためにも霊的真理の理解が必須となってくる。難題を抱えた時こそ、霊的真理が網羅されているシルバー・バーチ霊言集をぜひ読んでもらいたい。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、ほとんど意識はあったように感じている。実は昨日、ある方の紹介でミディアムシップを受けたのだ。詳細は後日記そうと思っているが、息子のミディアムシップだったのだが、私自身のこともかなり要めの部分を教えて頂けた。もちろん、息子のメッセージも教えて頂いた。
そこで、今朝の瞑想、ヒーリングでもそのことを肝にやってみたのだ。するとやはり素晴らしい感覚を覚えた。これは今までの自分の感覚との違いなので、言葉で表現しても伝わらないと思う。有難い思いで一杯だった。

370回目の瞑想

飛行機
 
「肉体を身に着けて生きておいでのこの人生では、貴方の職業が何であろうと、それは奉仕のあり方なのです。それが賤(いや)しくて自分にはどんなにつまらないものにそれが見えても、貴方の使命です。人は地上での自分の仕事を通じて、すべての人の幸福に貢献できるものです。神と手をたずさえて一心に働きなさい。貴方の前に置かれている、奉仕の一つ一つの機会に感謝しなさい。」
 
今日の「神と手をたずさえて」と題された内容は、自分のおかれている立場を一心に生きろと言われている。それが奉仕であり、使命だと。けれど、自分のおかれた環境に不平不満を持つ人は多い。そしてもっと高みでの仕事がないかと模索する。けれど、今できることを必死に努力し、感謝して生きることが肝心なのだと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想では、目を閉じると岩のようゴツゴツとした岩肌とでもいうものが両脇に続いており、その先には丸い(少しいびつだったが)ポッカリと空いた穴のようになっていた。その穴の景色は明け方のようだったり、朝焼けのようだったりと変わる。だがかなり長い間その映像に(と言っても今までの映像とは違って映像という認識ではなかった)見入ってしまっていた。

349回目の瞑想

柔らかい光
 
「真理に至る道は霊の中にあります。外的世界には騒がしさと、混乱と、不幸があります。人は肉体の心で、すなわち地上の物質の片割れの心で、ものを考えます。内的な心でものを考えるべきです。内的自我、すなわち直観によって、問題に迫ろうとせねばなりません。言葉そのものが、自らの意味を語ってくれます。直観ですーーー内在の自分自身を鍛錬することです。皆さんは救いを求めて外の方へ目を向けています。人の求める救いとは常に内部にあるものです。皆さんが信じ、いつも口にし、触れたいと切望している霊の世界とは、すべて内部に存在します。」
 
今日の「直観」と題された内容こそ、私達人間が求めて行かなければいけないことだと強く思う。何事も内在の魂を目覚めさせてこそ、叶うことなのだ。
その時に自分の正しい道が開かれる。素晴らしい教えだと感じる。外に救いを求めても、意味がないということを教えて頂いているのだ。自分の内在の魂を信じ、鍛錬していくことが、自分を救済するただひとつの道であると。。
 
今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今日は瞑想を始めてからちょうど一年経った。長いような短いような不思議な感覚である。
今朝の瞑想では、神様の摂理を感じて、あることに思いを馳せ、涙涙であった。更に神様と一体になりたいという気持ちが強まり、その様に唱えると神様を信じる気持ちに実体があるように感じた。(これが今日のお題でもある直観なのではないかと思う)その瞬間、自然と涙がこぼれる落ちる。
ヒーリングではいつものように神様の偉大なるパワーが個々の方達の内在の魂に届くようにと唱えると、腰の少し下辺りが、今まで感じたこともないようなバイブレーションを感じた。しかも、中から外に広がるようにだった。何度も間隔をおいて繰り返された。最初は意識も遠のいていたので、地震かと思ったが何度目かで、自分の身体の中からということをハッキリと感じたのだ。どういうことなのかわからないが、チャクラに関係しているのではないかと頭を過った。いずれ、わかるのではないかと思っている。

350回目の瞑想

飛行機
 
「皆さんの背後には、皆さんの思いもよらぬ大きな力が存在しています。神は神の子らが進んで神の通路となってくれるのを、ひたすら待っておられます。自分ひとりでは無であることを皆さんが知って、神に仕えてくれるのを、ただただ待っておられます。その通路が大きく開かれ、光明が溢れ注ぎ出すように!皆さんの心の向け方次第では、国々の民を癒やし、全世界をも癒やす、そうなります。」
 
今日の「全世界を癒やすために」と題された内容は、私自身も実行していることである。常にその事だけを願って、瞑想中お祈りしている。いつか神様がよしと思われた時に私という通路が大きく開かれるのを夢見て。。それがその先には全世界をも癒やせる力に繋がるということに、改めて身の引き締まる思いである。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
瞑想して間もなく、光りが渦巻き状に現れ、時計回りでゆっくりと廻る映像に魅了された。その中に引き込まれるような感覚になった。そうしているうちに自然と意識は遠のいていた。
ヒーリングでも意識が遠のいていたが、昨日と全く同じバイブレーションを感じる。バイブレーションを感じると共に両手の痺れ感も強まり、エネルギーが増しているようにも感じた。有難い思いに胸が一杯になる。 

351回目の瞑想

飛行機
 
「疲れや衰えを感じたら、必ず神がおいでになるように求めなさい。そうして神の愛、神のやさしい美、その生気を魂の中に吸収しなさい。神との確かな接触さえ保てれば、人生に悪い事など起こりません。右にするか左にするか、あれかこれかなど、思い煩う必要はありません。あなたがこうしたいと思えば、それが貴方のためになされているのです。但し、魂の目を覚ましていねばなりません。霊は敏感でなければなりません。内在の万能の霊の優しい指示にすぐ反応するように。」
 
今日の「接触を保て」と題された内容は、私の求めるものに他ならない。今までを振り返ってみると、自分で決めたというよりも、導かれた道を歩いていたようにも感じている。その中にはもちろん、良いことばかりではない。苦しく辛い事もあったが、それはすべて私の魂の成長に役立っていたのだ。特に息子の死については、霊的真理の本意を理解するに至り、微力ではあるが人の為に奉仕することができるようになった。見ず知らずの人に対しても心からのお祈りをすることができて涙まで流れる。これには自分でもびっくりである。そこまでできるようになったのは、やはり息子のおかげである。生まれる前に霊界で息子の魂と約束していたのだと今ははっきりとわかる。息子の魂が私の魂の成長のために買って出てくれたのだと。ただただ感謝の想いで一杯である。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
瞑想して、しばらく意識ははっきりしていた。そうしているうちに閉じた目の下方一面にキラキラした光りを感じ、真正面には雲海が広がった。その雲海の上を光の玉が私に向かってコロコロと転がりながら進んで来た。それを見ているうちに意識が遠のいていた。
ヒーリングでもそのまま意識が遠のいていたが、やはり昨日と同じようなバイブレーションを感じる。だが少し昨日よりはバイブレーションが弱く感じた。ただエネルギーの強さは変わらないようにも感じたのだ。 

352回目の瞑想 

飛行機
いつものお祈りを唱える。いつものように手足が痺れ出す。
「法の働きに狂いはありません。それ故に、自分のベストを尽くしたら、そのあとは神の慈悲に、英知に、愛にまかせなさい。私には自分の良い道が分かっているなど、決して思わぬことです。神のみがそれをご存知です。神は貴方の必要に応じて送って下さいます。謙遜であれ、忍耐しなさい。信じなさい。」
 
今日の「あとは神にお任せすること」と題された内容は、やはり私の求めるものに他ならない。神様にお任せすること、これは前にも書いたが、簡単なようで難しい。すぐに応えが出る場合もあるが、たいがいはかなりの時間を要することが多いからである。それこそ忍耐するしかない。信じるしかない。でも待ちきれなくなって、自分本意に進んでしまう。良い結果になるはずもなく、更に苦しむことになる。その繰返しである。
今のコロナ禍を思えば、それが如実としてわかるのではないだろうか。神様にすべてお任せしていれば、ストレスを感じることも恐怖を感じることもない。自分のベストを尽くすだけだ。信じることで忍耐することで、必ずや道は開ける。そう固く信じ続けること。これが最も肝要なことなのである。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今日は不思議な体験をした。瞑想すると意識が遠のいたり、戻ったりしつつしていた。そんな中で、目はもちろん閉じているのだが、目の前が急に明るくなったり、戻ったりを繰り返したのだ。その差は歴然としていた。更に女性の声が聞こえたと思った途端に意識がもうろうとしていた状態から、はっきりと戻り、確かに何かを言われたようだったことはわかるのだが、内容までは認識できなかった。その間も明るくなったり、戻ったりを繰り返していた。
ヒーリングでもその状態は続いていた。そして意識が遠のく。
 

353回目の瞑想

飛行機
 
「神に仕える天使たちが貴方のそば近くにいます。貴方の人生のどんな一コマも、一挙手一投足も、その心に思うことも何一つ逃しません。しかし、天使らは裁くことなくただ愛するだけです。深い憐れみと深甚の理解をもって。このことを心にとめて、こう祈りなさい。天使らのような愛が貴方の心にも満ちるようにと。光の使徒らが貴方にするように、貴方も同じいとしみの愛と親切をもってすべての人に臨むようにと。」
 
今日の「天使たちの愛」と題された内容は、天使という存在を取り上げている。天使は人間に生まれたことがないという。それだけに悪感情というものは元々持っていないのだと思う。守護天使は誰にもついてくれているらしい。そうして、私達人間の事を心からただただ思ってくれているのだ。本当に有難い存在だと思う。そしてこの内容のように、すべての人にこの天使のような心で接したいものである。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、意識が遠のいたり、戻ったりしている中で身体全体にバイブレーションを感じたのだ。やはり中から外に広がるように。そして神々しく散りばめられた光輝く光線の映像が出現した。それを見ているうちにまた意識が遠のく。ぼんやりとした状態の中で、こんなことが浮かんだ。他人に対して許せない思いや憎しみの思いなどの悪しき感情を持つことは、自分の積み上げて来た徳をマイナスにしてしまうということを。負が加算されてしまうということだ。そして今回開いた本の内容がすべての人に愛と親切を持てと言われている。またもや符合しているように感じた。私達人間にとって、このことはとても大事なことなのだと痛感する。

354回目の瞑想

飛行機
 
「愛はどんな問題、どんな困難、どんな誤解に対しても、偉大な解決法です。愛を使いなさい。どんな人間の問題にもしんからの愛を使いなさい。理屈を言う心はわきへ置きなさい。自分の中に清らかな愛を働かせなさい。心の奥底から、神の愛を与えなさい。貴方は驚きますよ、きっと・・・問題がみんな解決されてしまうので。結び目がすべてとけてしまうのです。」
 
今日の「愛を自分の問題に適用しなさい」と題された内容は、こうあらねばならないと言う思いになる。神様は愛の光でもあられる。その愛を持って問題を処せば、解決に繋がるということだ。このことはまた今日の瞑想で浮かんだ言葉とも符合しているように思った。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想でも意識が遠のいたり、戻ったりしていた。ただ平静で心穏やかな気持ちになり、無心にもなれた。本当に心地よかった。そしてヒーリングを始めると、やはり身体全体にバイブレーションを感じた。感じながらも一通り終えると、次の言葉が浮かんだのだ。『コロナを愛で包む』と。
最初はどういうことなのかと思ったが、コロナは人に感染することによって、人の体内に存在している。故にコロナに感染するしないに関係なく、人間同士分け隔てなく、愛を持って接することが、コロナをも愛で包む事になるということなのではないかと思ったのだ。そして今日のお題の内容も愛を与えることで人間のどんな事も解決できると言われている。これこそが神の摂理ということなのだと確信した。

355回目の瞑想 

飛行機
 
「永遠は今であること、未来とは今であることを知りなさい。時間は過去、現在、未来と分かれていませんーーー魂の内部に、そのすべてが含まれています。未来などということは、現在に対する反抗です。決して未来ということに目を向けてはいけません。あれとか、これとか、それとか予期したりしてはいけません。そうすることは、恐怖をもって生きていることですから。神と共に今日を生きなさい。そうあれば、貴方の未来には喜びだけがあることになります。」
 
今日の「永遠とは今です」と題された内容に、目から鱗であった。確かに私自身、未来を思い煩うことが多々あった。特に息子が亡くなってからというもの、主人と二人、いつかはどちらかが残り一人になる。そのことに恐怖を感じることもあった。けれど、今回の内容にとても得心できた。今日一日充実した一日を過ごせばいいということに。未来に目を向けてはいけないということに。未来を思うことは、やはり恐怖が伴う。それはどうなるか先が見えないからだ。見えないものは信じるしかない。神様を信じ、必ず良きに計られると、そう信じて今を生きること、それが肝要だということを教えて頂いた今回の内容を肝に銘じて行こうと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでも意識がほとんど遠のいていた。意識がハッキリしている時には、身体全体のバイブレーションは依然感じる。感じながらも意識が遠のき、戻るとまた感じるという繰返しであった。

356回目の瞑想

飛行機
 
「力で戸を押し開けたり、力で状況を変えようとせぬことです。待つのです。そうすれば必要な一切の力が保持できましょう。貴方の一番よい時に、その仕事を完遂するにふさわしい、その力がですね。」
 
今日の「道を無理強いせぬこと」と題された内容は、とても短い文章ながら、大切なことがきちんと網羅されている。もちろん、無理強いしたところで、本当の意味での力ではないことは歴然である。やはり待つことしかないと思っている。必ずその時が来ると信じて。。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想では、すぐに雪を被っていない富士山の映像が出現した。かなり間近で見ているようにかなりクローズアップされた感じでリアルだった、(夢占いだと大吉夢のようだ。目標が達成されるとか現実に素晴らしいことが起きるようだ)
ヒーリングでは、両手の痺れ感がかなり強く、徐々に身体にまで感じると自然と気持ちが高まり、高揚感を全身で感じるような感覚になった。バイブレーションも感じていたが、いつもよりは微弱だったように思う。

357回目の瞑想

飛行機
 
「自分勝手な道を進もうとせず、謙遜にへりくだって、こう言いなさい『神よ、貴方の道を私にお示し下さい。私は神を信じております。貴方の道を歩ませて下さい。神だけが全知であられ、神の愛は私の思いも及ばぬものでございますから。』こうすれば、貴方の進む道ははっきりとしてきます。」
 
今日の「御心が成りますように」と題された内容は、また今回の瞑想でのことと符合していた。本当に有難い思いで一杯になった。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想では、神様を信じるという想いの強まりをこれほどまでに感じたことがないほど、感じさせて頂けた。これはもう理屈ではなかった。内から湧き出てくる並々ならぬ想いであった。涙も止めどなく流れて来る。そして、心からの安堵感、穏やかな気持ち、天にも昇るような心地にさえなれたのだ。すると
『心清まれば、正しき道が見える。その道をただただ進むべし』とのお言葉が心に浮かんだ。その道とは神様を信じて止まない心、神様と共にあるという強い想いを持つことなのだと感じたのだ。
またヒーリングでは両手の痺れ感がかなり強かった。そして一通り終えると、相手の方に対して神様の偉大なるパワーが内在する魂に流れていくこと、更に心からの癒やしが授かるようにと真摯にそれだけを望むことが肝要なのだと改めて感じさせてもらえた。

358回目の瞑想

飛行機
 
「皆さんは何かの折には、大師の仕事に使われるやも知れません。だが、そのお召しは必ずしも皆さんが期待している事とは限らないので、自分が大師の仕事に選ばれて召されていることが理解できないことがあります。ですから、心にいつも準備をしておくことです。いつの日、いつの時、大師の召喚があるか皆さんには分からないのですから。」
 
今日の「大師に使える仕事」と題された内容は、この内容のようになって欲しいと願っているが、自分が考えている事とは限らないとのことなので、理解できないこともあると言われている。それは今なのか、それとももっとずっと先のことなのかはわからないが、常にいつお仕えするようになってもいいようにだけはしておきたいので、日々の努力を怠らずに過ごして行きたいと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想では、しばらくすると意識が遠のく。遠のいている中で、トンネルの中を懐中電灯を照らしながら前へ一生懸命に歩いている。本当に歩いている感覚だったので、映像だったのかどうかわからない。ただ私はまだトンネルの中にいるのだろうか。また私自身が何やら意見を言っている言葉で、意識が戻った。言っていた時の内容はかなりシビアだったように感じるのだが、意識が戻った途端に思い出そうとしたが、無理だった。
ヒーリングでは、ヒーリング中ずっと、身体の中が(表現に限界があるが)細胞が動いているような感覚になった。

359回目の瞑想

飛行機
 
「大師は完全な愛を実行するために、貴方の行う努力の一つ一つに注意を払っておられます・・・大師は貴方の失敗も成功もすべて承知しています。そうして貴方に愛を注ぎ続けているのです。霊的にかくも偉大、かくも美しい大師が、万難を排して貴方を愛し続けているのですから、貴方が兄弟である人々や生き物たちに、自分のささやかな愛を注ぐことが難しいでしょうか。しかし、人を愛するには学ぶべきことが多々あります。賢さのない愛は、これは愛ではないということ、これを心にとめておくことです。本当の、公平無私の、相手に憐れみをもつ愛と、感傷主義とでは違うということです。感傷だけの愛は貴方の足をすくい、愛を駄目にします。愛するとは他者に、貴方の中にある最高の一番真実なものを与えることです。すなわち、愛するとは、神の白光である貴方の魂から光を与えることです。これが愛です。」
 
今日の「賢い愛」と題された内容の賢い愛を与えるということは、本当に難しいと思う。人間の私達にはささやかであっても、簡単にできることではない。
やはり、霊的真理を理解し、瞑想していくことで、徐々にそのような気持ちになって行けるのだと思う。愛を与えていると思っていても、独りよがりである場合もある。自分本位での愛はやはり間違いなのだと思う。神様の愛(なかなか会得することができないが)すなわち、内在する魂を顕現できて、初めて本当の意味での愛が為せるのではないかと思う。

今日の瞑想とヒーリングでも、呼吸に集中し、精神統一をする。
今朝の瞑想とヒーリングでは、ほとんど意識が遠のいていた。ただ両手の平や身体の痺れ感は感じていた。ヒーリングでの個々の方に対しての言葉を唱えているうちに意識が遠のき、いつの間にか2回目の曲が終わる直前に気がついた。けれど、充実感は半端なく、高揚感で心が一杯だった。
Please mail me
MAIL

ご感想・ご意見をお気軽にお寄せ下さい