翌朝は写真ブログの元旦の写真にもしましたが、桜島と錦江湾が
朝日に輝きとっても美しかったですよ。
雨の予報はいい意味ではずれてくれて助かりました。



さあ~!今日も観光日和になりそうですね~!
知覧の武家屋敷庭園と特攻平和記念館そして開聞岳に
長崎鼻灯台と盛り沢山


張り切って行きますよ~♪


知覧の庭園

 
薩摩の小京都と言われる薩摩藩の武家屋敷庭園です。
私達は旧高城家住宅から⑥⑤④そして二ツ家で休憩し、③②①と見学しました。
最高のお天気でこの日は20℃を越えていたらしくコートがいらないどころか半袖でもいいくらいでしたよ。
春を思わせるような陽気にでしたね~!

  


知覧の武家屋敷の雰囲気に
タイムスリップしたような錯覚さえしてすっかり魅了されてしまいましたよ。

  

それでは旧高城家住宅から見学して行きましょう~
  

  

さあ~どんどん行きますよ~!

お次は逆回りになってしまいましたが⑥の佐多直忠氏庭園です。

門をくぐると切石の目隠しにつき当たりますよ。
屏風岩とも言われて防衛を兼ねた造りで江戸時代中期の
趣きが伺えるそうです。



お庭も素晴らしいですよね~♪

ホントにいいお天気ですね~!気持ちいいな~♪

今度は⑤の佐多民子氏庭園ですよ!



ガラスに映り込んでる景色も青空でしたね~♪

④の佐多三舟氏庭園
ここまで3つとも佐多という苗字ですが、佐多家は島津家の分家で
地頭として知覧を治めていたらしいです。


どのお庭も素晴らしいですよね~♪


だいぶ回りましたね~♪
ちょうど二ツ家という民家を見学しに入ると~

藁葺き屋根のおうちの縁側が気持ち良さそう~ふふ

何やらお店のような小屋も向いにあって休憩にはもってこいだわ~

早速パパちゃんが知覧茶と鹿児島特有のお菓子を買って来てくれましたよ!

「あくまき」左はきな粉をまぶしてあってちょうどわらび餅のよう・・・
「げたんは」右は黒糖のカステラみたいなお味でしたよ。

③の平山亮一邸庭園


ここは前面にサツキが咲き、5月には素晴らしい眺めだそうです。
遠くには母ヶ岳も見えてより一層庭園を素敵にしていますね~!

②の平山克己氏庭園
母ヶ岳の優雅な姿をとり入れた借景園だそうで調和と表現にすぐれた
庭園として絶賛されているそうですよ。


ついに最後となりました~!!
①の西郷恵一郎氏庭園

ここは鶴亀の庭園とも言われているそうで高い石組みが鶴、低い石組みが亀だそうな・・・


素晴らしい庭園の数々でしたね~♪



右側は鯉の泳ぐ清流溝だそうでとっても綺麗で
どこまでも続いていましたよ!


それでは武家屋敷を後にします~

今度はいよいよ特攻隊のドラマ「俺は、君のためにこそ死ににいく」
などを見て私が絶対に行きたいと思っていた
「知覧特攻平和会館」に行きます。
車で向かって走っていると
パパちゃんが「あれ~今の富屋食堂のような・・・」と言って
引き返してくれると、やはり今回行きたかった鳥濱トメさんの食堂が
ありました。車を止める所が見つからなかったので私と息子だけで
行ってきましたがその当時の出来事を少し垣間見れた思いでした。





中はもちろん、撮影禁止でした。
ドラマに出てきた名前の方々の写真が展示してあり、当時の説明や戦死した状況なども書いてあって、
やはりドラマでなくて本当にあったことだったんだと深く実感することができました。



真ん中は当時の富屋食堂で右は現在のです。また左は映画「ホタル」の看板が立っていました。

拡大してみました。



ひとつしかない命を投げ捨てて散っていった若者達の事・・・・
忘れてはならない
                                   鳥濱トメ




車を走らせること10分ほどでついに特攻平和会館に着きました。
まず最初に目に飛び込んできたのは中西少尉とトメさんが昔の仲間の
幻と再会するシーンの桜並木でした。

もちろん、ご覧のようにこの時期桜はありませんでしたがあの場所だ~っと思っただけで
胸がいっぱいになっていました。そしてその奥に会館はありました。

青空の下の会館は60年前の出来事を忘れたかのように
何とも穏やかに佇んでいました。
辺りを見回すと左手に飛行機が見えました。
零戦?!っと思いきや足がどんどんそちらに向かって歩き出していました

復元された一式戦闘機「隼」でした。
実際に映画に使われたものらしいです。




この像は特攻の命が下り、母親に会うことなく出撃した兵士達。
またその子供をどれだけ心配して胸の張り裂けそうな気持ちを抑えていたであろう母親。
せめてこのような形の像とすることで少しでも霊を慰められれば
という想い込められているのです。合掌




やはり館内は撮影禁止でした。
写真左は30年前に海底から引き揚げられた実際の零戦です。
(外から撮影しました)

館内に入ると、やはり雰囲気はガラリと変わり特攻隊の遺書が
あちこちに展示してありました。
1番最初に涙を流したのは意外にもパパちゃんでした。
歩を進めて行くうちに私もハンカチを取り出し涙を拭っていました。
気がつくと館内にいる人のほとんどがすすり泣いていました。
それほど遺書の内容は辛く悲しいものでした。
今のこの幸せな時代に生きていることへの感謝の気持ちを
忘れてしまったら短い人生で終えなくてはならなかった特攻隊の
兵士達に申し訳がありません。


生前のトメさんのビデオが流れている一室でのトメさんの言葉です。
「ホタルになって帰ってくると言った宮川少尉が戦死した数日後
一匹の大きなホタルが部屋に入ってきて天井に止まったんですよ。
その時に残っていたみんなに宮川さんがホタルになって帰ってきたよ
するとみんなが宮川さんが帰ってきたと喜び、そのホタルを囲んで
みんなで同期の桜を歌ったんですよ」と・・・・
その当時のトメさんや残された方たちの心中がどれほどのもの
だったかを思い知らされたような気持ちになりました。
涙がボロボロと止めどなく出ていました。


三角兵舎

この中に入ると、あまりの狭さと薄暗さに唖然としてしまいました。
最期の時が刻々と迫る中で両親とも会えず、こんな穴倉のような場所で生活をしていた姿が目に浮かび涙が出てきました。
あの時代には青春というものが全くなかったと思うとやり切れない想いで胸がいっぱいになってしまいました。

ただただ、手を合わせる以外には何もできませんでした。

  


    


特攻平和観音
60年前に起きたこの事実を真摯に受け止めた上で未来永劫
2度と同じ過ちを繰り返さないことが犠牲になった特攻隊員の
御霊に報いることだと思います。

  
平和である今の世に感謝し、自分の天命を全うして行かなくては
いけないと強く思いました。

  



世界がいつまでも平和でありますように・・・